ここで繰り返し強調したい点は、神が私たちを造られた目的はご自身の喜びであると言うことです(黙示録4章11節、欽定英訳)。すなわちいのちは、神が喜んでくださるための存在です。ですから私たちが神に喜んでいただくことをするならば、いのちの目的は達成され、また、私たちも人生の満たしを感じます。神に喜んでいただける五つのことの第一は礼拝で、その事について三月の会報に載せました。今回は神に喜ばれる第二のこと「交わり」について述べたいと思います。
聖書の教える交わり(ギリシャ語でコイノニア)とは何でしょうか。それは、お茶を飲んでおしゃべりをするような単なる楽しみではありません。「交わると楽しい」とはよく言われますが、聖書の交わりは楽しみを目標としてはいません。聖書的な交わりとは、神の家族(教会、特に自分の所属教会)を愛することです。
ちょうどビジネスにはお金が必要であるように、交わりには「時間」が必要です。全ての人に一日24時間が与えられています。その24時間を何時間自分のために使い、何時間他のために使うか、これが交わりの課題です。子どもは生まれながら自己中心ですから、極力母親の注意(時間)を引こうとします。しかし子どもは交わりを通して成長し、自分の時間を他のために使うことを学ぶようになります。クリスチャンが自分の時間をどのように用いるかが、その人の所属する「交わり」(即ち教会)の豊かさを示す一つのバロメーターになると思います。
サドルバック教会のリック・ウォーレン牧師は、交わりには関わりの度合いがあることを指摘し、それを交わりのレベルと呼んでいます。第一のレベルは、友人としての交わりです。ここでは「分ち合う」と言うことばが鍵です。「信者となった者たちはみないっしょにいて、いっさいの物を共有にしていた。」(使徒2:44)私たちは、経験、住まい(スモールグループのため)、そして問題を分ち合うことができます。
第二のレベルは、チームワークとしての交わりです。「わたしたちは神の同労者(協力者)である。」(1コリ3:9)私たちは、お互いがチームワークを通して神の業を担うクリスチャン同士のパートナーなのです。昨年のワールドシリーズで優勝したアナハイム市のエインジェルズは、強いチームワークで勝利を収めたと評価されました。
第三のレベルは、ファミリー(家族)としての交わりです。これは、もっとも深いレベルの交わりです。「私たちは、ことばや口先だけで愛することをせず、行ないと真実をもって愛そうではありませんか。」(1ヨハネ3:18)。初代教会のクリスチャンは互いに深く愛しました(ヨハネ13:34−35)。
もし自分のいのちを尊い目的のために用いたいなら、キリストがそうされたように神の家族(教会)を心から愛することです。そうすれば神は喜んで下さいます。