- 復活<教会便り 2004年4月号より> -
 今年もイースターを迎える時となりました。私たちはイースターの喜びを期待します。今月はイースター(復活祭)にちなんで、聖書から喜びと望みをいただきたいと思います。

 人は必ず死にます。寿命が120年であることは、聖書も医学も証ししている通りです。ですから、たとえ超長寿を願ったとしても生後120年経てば人は老衰してその願いはかなえられず、死を迎えます。

 キリストは、幾人かの者(例えば、ベタニヤのラザロ)を死から復活させられました。しかし彼らは再び死にました。一度死からよみがえって、また死んだのです。言い換えれば、彼らが経験した復活は、死と切り離すことのできない復活です。すなわち、120年と言う寿命の枠の中で起こった復活でした。

 キリストの復活は人間の寿命の枠から外れた復活であることがわかります。キリストは復活なさった後、40日間当時の人々に顕れる時間を過ごし、その期間が終った後天に昇り、現在「全能の父なる神の右に座」しておられます。キリストの復活のからだは、永遠のからだです。C.S.ルイスが指摘しているように、キリストの復活と「昇天」を切り離すことはできません。

 人間の復活と死を切り離すことはできませんでした。キリストの復活と昇天を切り離すこともできません。ところがキリストが復活なさったことによって変革が起こりました。すなわち、「死は勝利にのまれた」(コリント第一15章54節)と言う変革です。キリストにある者はキリストの復活のからだと同じからだをいただくことになります。ちょうど初穂に続く収穫が初穂と同じ作物であるように、キリストにある者の復活のからだはキリストの復活のからだと同じ質なのです。「まず初穂であるキリスト、次にキリストの再臨のときキリストに属している者です。」(15章23節)と、神は約束しておられます。

 これこそイースター(復活祭)の喜びと希望です。キリストの十字架のわざによって救われている者に約束されていることは、キリストと同じ永遠のからだをいただくことです。「キリストの再臨」の日には、キリストと全く同じ姿に変えられます。キリストにある者にとって、イースター(復活祭)は勝利そのものです。
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