- 復活を信じる生活 <教会便り 2007年4月号より> -
 「もし、死者の復活がないのなら、『あすは死ぬのだ。さあ、飲み食いしようではないか。』ということになるのです。」(第一コリント15:32)

 去る2月15日ドイツのマンハイム地方裁判所でメイネズハーゲン判事はアーネスト・ズンデル被告(67歳)に対して懲役5年の有罪判決を言い渡しました。被告は、「ホロコースト(大虐殺)の否定者」として知られ、ナチスのヒットラー時代に犯した大虐殺はなかったと主張しています。ドイツに於いてこの主張が有罪とされたのです。この判決に対してルードウイッグ・ボック氏の率いる弁護団は、検察側が言論の自由と科学的分析を無視し証人証言だけで判断するのは不当とし、上訴すると言っています。これに対し検察官グロスマン氏は、被告の主張は「太陽は西から昇る」と言うことに等しいとコメントしています。ホロコーストの被害者が存続する現在、その歴史的事実を否定するのは、「太陽は西から昇る」の狂言に匹敵します。

 使徒パウロの時代にもこのような狂言を主張した人たちがいました。コリントの教会の或る人々です。彼らは復活を否定したのです。それに対してパウロは、キリストの復活後キリストが500人に同時に顕れ、その内の幾人かはまだ存続している(生きている)と記述しています(1コリント15:6)。しかも500人が同時に同じ幻を見ることは不可能なことですから、彼らが同時に見た標的は物体であって幻ではありません。幻を見るのは単独経験に限定されるからです。復活されたキリストを肉眼で見た人々の証言が、それを見ないで否定する人のことばに優先されるのはあたりまえのことです。

 しかし使徒パウロにとっては復活の事実を立証することと同じように、もう一つ大切なことがありました。それはキリストの復活を信じない者の生活です。上記の引用のことば(32節)にある通りクリスチャンであっても名ばかりで、しまりのない生活をする人々です。復活を否定する者はまず「目をさまして」(34節)、否定することの意味を知るべきです。「もしキリストがよみがえらなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいる。」(17節)その罪は悔改めなければならないものです。

 では復活を信じる者の生活はどんな生活でしょうか。それは、主のわざを熱心に続ける生活です。時が良くても悪くても、晴天でも悪天候であっても、都合が良くても悪くても、人が見ていてもいなくても、称賛されてもされなくても、ひたすら復活の主イエスと共に主のわざを継続する生活です。「ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。」(58節)
- 最近掲載したメッセージ -

※項目名をクリックしていただくと、そのメッセージに関するページに移動します。

次回掲載分 五旬節と聖霊の働き 教会便り 2007年5月号
前回掲載分 受難週の意味 教会便り 2007年3月号

※このページ下「牧師メッセージ集目次へ」をクリックしていただくと、目次ページに移動します。

トップページへ戻る 教会のご紹介 牧師メッセージ集目次へ 初めて教会へこられる方へ