「あなたがたが神のみこころを行なって、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。」(ヘブル人への手紙10章36節)
この聖句は、忍耐には終わりがなくそれは生涯続く訓練であり、忍耐の訓練は信仰の訓練に伴うことなので訓練されている自覚を決して放棄してはならないと言う教えです。私たちは生涯を通していろいろな忍耐の訓練を受けます。
現在、日語部が使用する部屋(日語ルーム)は殆ど出来上がっていますが、全体の工事が完成した後、ガーデナ市からの使用許可が下りる事になっているため日語ルームを使い始める時期は、現時点ではまだ未定です。確かに私たちは、成長のため忍耐の訓練を受けています。ヤコブの手紙5章7節から12節までには、忍耐の訓練が種目別に教えてあります。
その第一は、農夫の忍耐です(ヤコブ5:7)。農夫の忍耐は、制することのできない状況の忍耐です。天候を制することはできません。私たちは、制することができないものでも、心配をします。「あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。」(マタイ6:27)
第二は、御再臨の約束から学ぶ忍耐です(ヤコブ5:8〜9)。キリストの現れが約束の通り実現されたように、キリストが再び来られることも約束通り実現されます。ですから御再臨の約束から学ぶことは、神のことばの真実性を信じて待つことです。ここに忍耐が鍛えられます。御再臨の約束のことばを信じて忍耐して待っている者は、主イエスがいつ来られても良い準備があります。参照、マタイ24:45〜51、1ヨハネ3:3。
第三は、預言者の忍耐です(ヤコブ5:10)。預言者は、神のことばを人々に語るメッセンジャーです。預言者イザヤが経験したことは、人々が彼の語る神のことばを嫌ったことでした(イザヤ6:10)。福音を語り続けなさい、人の顔色を見てひるんではならない、と神は言われます。ここで忍耐が鍛えられます。
そして第四は、ヨブの忍耐です(ヤコブ5:11節)。ヨブは人間として、神の前に最善を尽くし、神ご自身もヨブの信仰生活を高く評価しておられます:「彼のように潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっている者はひとりも地上にはいない」(ヨブ1:8)。ヨブはすべてを失い、神が沈黙を保たれたため、ヨブが「神様、どうしてですか」と尋ねても、神はお答えにならないので、ヨブは忍耐をしなくてはなりませんでした。
私たちの場合はどうでしょう。延々と続く工事について、「神様、どうしてですか」と尋ねても、神はお答えになりません。しかし、ここに一つの確かな真理があります。それは、長引く工事によって私たちの忍耐が訓練されている、と言う事実です。私たちがつぶやかず忍耐するなら、この工事を通して更に成長したクリスチャンとなります。