「私の子どもたちよ。あなたがたのうちにキリストが形造られるまで、私は再びあなたがたのために産みの苦しみをしています。」(ガラテヤ4:19)
使徒パウロはいのちを投げ出してキリストの福音によってガラテヤの人々を導き、その経験を産みの苦しみに例えています。彼は、彼らの救いが律法主義によってくつがえされ失われてしまったことがわかった時、キリストの恵みによる救いを理解し取り戻すためにもう一度産みの苦しみを通らなければならない、と嘆いています。
私たちは暦上のクリスマスを今年も迎えます。そしてクリスマスを迎える私たちは、キリストのことを考える時期(待降節)に入ります。しかし残念ながら往々にして、キリストを想う心はクリスマスに伴う諸事によって消えてしまい、キリストとは全く関係のない事に置き換えられる危険性があります。そうなるとキリスト抜きのクリスマスを祝うことになります。これは嘆くべきことです。クリスマスに伴う諸事によって薄らぐことがなくこの待降節に於いてキリストを想う心が成長するにはどうすればよいでしょうか。
まず、行動の優先順位を考え直します。誰にも一日二十四時間しか与えられていません。ですから大切なこと(必ずしも迫っていることではない)を順位の先頭に置き換えるとよいでしょう。「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」(マタイ6:33)
もう一つ。クリスマスはキリストご自身の降誕(神がこの世に来られたこと)を祝う祭日ですから、キリストのご人格や愛について集中する努力をします。目標をそこに定めれば、それを達成する手段は自ずと明らかになってくるのではないかと思います。例えば、せっかくのご来訪ですから、もてなしに専念するよりも御傍にいて(=手段)イエス様のことばを聞く(=目標)マリヤは、「良いほうを選んだ」、とイエス様は言われました(ルカ10:42)。
クリスマスが近づいて私たちの心にキリストをお迎えする幸いな想いが産まれています。この想いを薄らぐことなく消されることもなく、かえって、 自分の宝として大切に育てましょう。