- クリスマスの喜び - ご降誕と聖徒の成熟(4)ルカ2:25〜38
<礼拝メッセージ 2006年12月17日より>
「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。」(ピリピ4:4)と言う勧めがありますが、クリスマスに何を喜ぶことができるでしょうか。年齢とともに喜びは減ってしまうようですが(伝道の書12:1)、高齢者にとってはクリスマスの喜びも年々減ってしまうものなのでしょうか。宮で幼子キリストに出会ったシメオンとアンナは高齢者でしたが、大いに喜びました。
1.ご降誕を喜ぶ。
- シメオンは、幼子を抱いて喜びました。受肉なさった神の御子を自分の腕の中に収めたのです。全宇宙を御手の中に収めておられるお方を抱いたのです。
- シメオンは神に近づき、神も彼に近づいて下さいました(ヤコブ4:8)。
- クリスマスの最も大きな喜びは、神が人間となられ、私たちの間に住まれたことです(ヨハネ1:14)。
- 今日でもキリストに従う者にご自身を現して下さいます(ヨハネ14:21)。
2.神の選びの器を喜ぶ。
- シメオンは、ヨセフとマリヤが神の選びの器であることを喜び、彼らを祝福しました。
- 高齢になった族長ヤコブもヨセフの息子たちが偉大な神の器となることを喜び祝福しました(ヘブル11:21、創世記48章)。
- 救われた罪人が、主によって整えられ、神の器として用いられるのを見るのは大きな喜びです。高齢のヨハネはそのように感じました(1ヨハネ2:12〜17)。
- 高齢のパウロも獄中でオネシモに対して弟子作りの喜びを感じました。オネシモは神の選びの器となったのです(ピレモン1:9)。
- 私たちもこのクリスマスに弟子作りの喜びを経験し、その弟子を神の選びの器として祝福することができます(2テモテ2:2)。
3.主のご来臨の喜びを語る。
- アンナは、救い主が来られたことを大いに喜びました。そして、彼女と同じようにご来臨を「待ち望んでいた人々」(38節)に進んで語りました。
- 救いの喜び(=信仰の結果、1ペテロ1:9)は、祈りに比例しているようです。アンナは祈りの人でした(37節)。よく祈るときには、救いの喜びの多くあります。
- 私たちが心を静めて祈るならば、ご来臨と自分の救いが直結していることがはっきりし、キリストのご来臨を喜びます。これがクリスマスの喜びです。そして、この喜びを「待ち望んでいる人々」(38節)と分かち合うことができます。