「しかし、お許しにならないで、彼にこう言われた。『あなたの家、あなたの家族のところに帰り、主があなたに、どんなに大きなことをしてくださったか、どんなにあわれんでくださったかを、知らせなさい。』」(マルコ5:19)
19世紀のイギリスが生んだ偉大な説教者チャールス・スポルジョンが語った説教の一つに”Going Home”(帰省)と言うクリスマスにちなんだメッセージがあります。このメッセージの主旨は、帰省する若者たちへのチャレンジで、「クリスマスに実家に帰ったら、あなたの信じているキリストの福音を家族・友人に伝えなさい」と言うものです。
スポルジョンは、マルコの福音書5章に記されている悪霊(レギオン)に取り付かれた人が正気になった記事を用いて、チャレンジ・メッセージを語りました。その記事のいきさつはこうです。人里を離れ墓場に住み悪霊にとりつかれて恐れられていた彼に主イエスが近づき、彼から悪霊を追い出してくださいました。正気になった彼は行くところもなく、弟子たちと同行したいと主イエスに願い出ました。ところが、意外にも主はこの願いを許されなかったのです。主と同行せず自分の家族に戻って、自分が経験した神の祝福(あわれみ)を伝えなさい、と言われました。
スポルジョンは、ロンドンの教会で福音に触れて祝福された若者が「楽しい」クリスマスを過ごすことよりも、帰省する実家で福音の祝福を家族と分かち合いなさい、と勧めるのです。
主イエスが悪霊から解放された人に語られたことばは、一世紀以上前のロンドンの若者たちだけに必要なメッセージではなく、現在ガーデナに於いて2007年のクリスマスを迎えようとしている私たちにとっても必要なメッセージではないかと思います。
癒された人にとっては弟子たちと同行する方が、デカポリスの疎遠になった家族に戻るより安易であったにちがいありません。家族にとって彼が迷惑な人物であったとしたら、いきなり戻ってきても家族に聞く耳はなかったでしょう。それならば主イエスに変えられた今、新しく出発する信者として主について行く方が賢明であると考えるかも知れません。しかし主はお供をすることをお許しにならず、神のあわれみを家族に語る指示を出されました。
また癒された人にとっては伝える(福音伝道する)ことより、弟子たちと交わりながら主イエスの恵みのことばを聞くことの方が魅力的であったにちがいありません。彼は弟子たちのように訓練を受け、充分に整えられてから家族に神のあわれみを伝えたいと願ったかも知れません。しかし主は、彼が主について来ることをお許しにならず、家族に伝道をするように命じられました。
彼がこの命令に従ったため、以前主イエスを拒んでいた多くの人々の心は180度転換し、人々は「この方のなさったことは、みなすばらしい。」(マルコ7:37)と言って、キリストを高く評価しました。彼の服従が生んだ結果です。
今年のクリスマスには日本語部主催のジョイフル・クリスマスが12月23日(日)に企画され、祈りながら準備が進められています。ロンドンの教会の若者にとってはどちらを選ぶかの選択でしたが、私たちにとってはどちらを優先すべきかの問題ではないでしょうか。@家族や友人に福音を伝えるクリスマスを過ごす;A自分たちだけを楽しませるクリスマスを祝う。各々が置かれている立場で主に祈ってみるべきではないでしょか。主イエスが最も喜んでくださる決断をしたいものです。