- 人生の目的<教会便り 2003年2月号より> -

 二月と三月前半に於いて私たちの教会では「人生の目的」について考え祈ることになりました。このために日語部では2月2日の日曜日から3月上旬まで、日曜日毎の礼拝説教を「人生の目的」に焦点を合わせて語りたいと考えています。英語部ではたくさんの資料が提供され、個人の祈りの時やスモール・グループなどで用いられます。英語部の方でも日曜日の礼拝説教は、「人生の目的」に合わせた題目で語られることになっています。

 この企画の中心となる本があります。それは、リック・ウオーレン著「目的に沿う人生」(PURPOSE DRIVEN LIFE)ですが、残念ながら日本語版が出ていないため、原文を読むことしかできません。一日一章を40日間読むように、読みやすい大きな活字で書かれた、内容の豊富なデボーション形式の本です。

 「私たち日語部が、今更人生の目的を論ずることはない。英語部の若者たちが大いに学べばよい。」と思われる方があるかも知れません。なるほど年齢層から見ると、そうかも知れません。しかし、人生の目的は段階的にわかることではないか、と言う気がします。すなわち、「人生の目的は何か」と言う問いには、何歳になっても答えが求められるのではないでしょうか。

 使徒パウロのことばが響きます。「私にとっては、生きることはキリスト。」(ピリピ2:21)これは理性を超えた霊の領域のことばにちがいありません。私にとっては、わかり難いことばですが、もしこのことばにパウロの人生の目的が表現されているとしたら、次のように言い換えることができるでしょう。「私の人生の目的は、キリストです」と。もしそうであったならパウロは、人生の目的を自分の中にではなく自分以外のものに見つけたことになります。それはキリストでした。

 造られたもの(被造物)が、その存在目的を自分の中にいくら探してもわかるはずがありません。例えば、今まで全く見たことも聞いたこともない道具があったとします。もちろんその道具は何かの目的を果たすために造られたものです。よく研究してみればわかるかも知れませんが、単純に考えて、その道具が何の目的のために造られたかを正確に知っているのは、それを造った人です。これと同じように、私たちを創造された神が私たちの存在目的を一番よく知っておられます。「主よ。われらの神よ。あなたは、栄光と誉れと力とを受けるにふさわしい方です。あなたは万物を創造し、あなたのみこころゆえに、万物は存在し、また創造されたのですから。」(黙示録4:11)すなわち、私たちがこの世に存在している理由(人生の目的)は、神がご存知なのです。そしてそれは、聖書に明記してあります。

 二月からの礼拝説教に於いて展開される「人生の目的」を通して、神がご自身のみこころを私たちに教えて下さるよう切に祈る次第です。
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