二つの言語を使う人々(その一)- <教会便り 2008年2月号より> -
 「教会では、異言で一万語話すよりは、ほかの人を教えるために、私の知性を用いて五つのことばを話したいのです。」(1コリント14:19)

 昔語られたおもしろい話しがあります。日本在住のアメリカの宣教師がヨハネの福音書3章から伝道メッセージを熱心な口調で語りました。メッセージを聞いた会衆の一人が宣教師に尋ねました。「先生のお話によると猫でも救われるのですね。」宣教師の発音したニコデモ(人物名)が「猫でも」に聞こえたようです。

 二つの言語を話す人は自己流のことばをつくる傾向があります。私の高校(パサデナ高校)時代に面白がって日英両方のことばを混ぜ合わせて遊びました。例えば、「なんちゅうせい?」は、What you say? をひねったことばです。また、日本語圏には昔からの外来語が現在でも使用されています。ワイシャツはwhite shirt、パンクはpuncture、そしてランドセルはransel(オランダ語)です。(ところで、日語部はこちらで作った日本語部の圧縮ことばであると聞いています。)

 私たちは二つの言語(英語と日本語)をいつでもどこでも使っています。アメリカの標準語は英語です。しかし私たちの第一言語が日本語なのでどうしても両言語を使わなくてはなりません。これは日語部特有の大きな課題です。

 新年になって一月の責任者会で二言語使用(バイリンガル)の課題が取上げられ、私たちの日語部にバイリンガルに関わる必要が多くあることが指摘されました。例えば、二言語を話す家庭では子どもたちが日本語聖書にどこまで親しんで欲しいかと言う親の期待に関する問いがあります。また、責任者会の議事録は日本語で書かれているため、教会のミニストリー協議会に届いていません。私にそれを英文化する時間の余裕がないため書面では提出されず、いつも口頭で部分的な報告をして間に合わせている次第です。

 一月の責任者会では2008年のビジョンとして二言語使用の課題を取上げることになりました。急を要することではありませんが、私たち日語部がこのことについて真剣に話し合うときが来ていると思います。今までは自分の英語力が上達すればそれで充分であると殆どの人が考えてきましたが、そのような考えでは日語部の持っているリソース(資源)を充分に活用することはできません。二言語使用者が教会全体に貢献するところは大きいからです。

 聖書に記されている神に用いられた二言語使用者を幾人か挙げてみましょう。ヨセフは二言語を話すことができたため彼の兄弟たちを真の悔改めに導くことができました。モーセも二言語使用者であったためエジプトのパロ王と民との間に立ち、民をエジプトから導き出す大役を果たすことができました。ルツも二言語使用者として姑ナオミの世話をしベツレヘムのボアズの夫となり、ダビデ王の先祖となりました。そして使徒パウロがギリシャ語とヘブル語を福音宣教のため巧みに用いたことが聖書に記録されています。

 新約聖書では(二つ以上の)多言語が話されています。五旬節では異言が多言語で話されました。このことから教会は多言語・多民族から構成される人々であることがわかります。これは神の摂理によることであって、キリストの福音がユダヤの地に止まらず、全世界(ローマ帝国とその外)に拡がるご計画を神が遂行なさるためでした。バビロンの塔を建て始めた人類は多言語によって神のさばきを受けましたが、聖霊は五旬節に於いて多言語によって人類を祝福されました。

 私たちの教会は多言語・多民族の教会です。今年のビジョンとして日語部が(日英)二言語使用について真剣に取り組み始めることは主の喜ばれることではないでしょうか。          
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