「いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです。」(使徒20:32)
エペソ地方の諸教会に使徒パウロが与えた影響は大きく、諸教会のリーダーたちは特別にパウロを慕っていたようです。パウロが彼らに最後の別れを告げたとき、彼らは「声をあげて泣き、パウロの首を抱いて幾度も口づけし、彼が、『もう二度と私の顔を見ることがないでしょう。』と言ったことばによって、特に心を痛めた。」(使徒20:37-38)と記してあります。パウロは彼らがこれから直面するはずの多くの困難や問題(29節30節)を乗り越えるため、彼らを神と神のみことばにゆだね、エルサレムに向かって旅を続けました。それは、みことばにはたましいを育成し御国を継がせる力があることをパウロは確信していたからでした。
2004年は私たちの教会にとって多くの困難や問題に直面する年となることが考えられます。そのために私たちは自らを神と神のみことばにゆだねる必要があります。具体的にどんな困難や問題が起こり得るかを推測することは不可能なことです。しかし、今年度のネヘミヤ計画に入っている教会施設の大幅な増改築のスタートが、教会行事や生活に今までにない変化を与えることは確かです。整ったいつもの慣れた場所で礼拝ができなくなることは、その一例です。この変化が問題の原因を生み出し、生み出された原因(例えば、苛立ちや怒り)が問題(例えば、批判や悪口)として現われてくるのではないか、と考える次第です。
この変化は私たちが計画したことですから、それに対応する霊的な準備は私たちの責任となります。その準備とは、私たちがもう一度新たに自らを神と神のみことばにゆだねることです。そのため2004年の教会標語は、「みことばの訓練は人生の宝」と定めました。また、待ちに待った育成講座(201J)の翻訳が完成しましたので一月から導入されます。201Jクラスには、「霊性の成長をめざして」と言う題が付いています。
増改築された新しい施設が完成した暁に、その中に入る者は「圧倒的な勝利者」(ローマ8:37)でしょうか、或いは、「初めの愛から離れた」(黙示2:4)クリスチャンでしょうか。前者であるには準備が要求されます。後者であるには準備は要りません。どちらになるかは、私たちの決断です。