「私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」(ヘブル12:1b〜2a)
主が再び新しい年を開いて下さったので、この年も新しい大きなビジョンを持つ勇気が与えられます。ヘブル人への手紙の著者は、クリスチャンが勇ましく新しいビジョンを持つよう強く勧めています。これこそキリストにあるクリスチャンの特権です。私たちの信仰の目標は、主イエスご自身です。この御方から決して目を離さないよう勧められています。
私たちの新しい大きなビジョンは、「信仰の創始者であり、完成者であるイエス」に私たちの信仰の目を据えることです。すなわち、私たちの信仰の根をキリストに下ろし、そこに定着することです。このような勇ましいビジョンを維持するためには、三つのことが要求されます。ヘブル人への手紙の著者は、読者をマラソン走者の立場に置き、その勧めをしています。
第一に、「重荷」を捨てることです。マラソン走者が軽装で走るように、信仰者は余分のものを持たないで信仰の馳せ場(はせば)を走ります。余分な持ち物、いかがわしい人間関係、過失の回想等と知らないうちに次から次に背負ってしまい、信仰生活が停滞していることに気付きます。新しい年はそのような重荷を捨て去るための節目です。「ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」(ピリピ3:14)使徒パウロは余分なものは全て切り捨て、「一事」に集中しました。「私の心を一つにしてください。御名を恐れるように。」(詩篇86:11)これは、ダビデの祈りでした。
第二に、「まつわりつく罪」の誘惑に応じないことです。マラソン走者が規定のルールに違反すると(例えば、ステロイド使用の誘惑に陥ると)走行失格となります。信仰者は罪の誘惑にはっきり否(No!)と言って信仰の馳せ場を走り続けます。「人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます。愛する兄弟たち。だまされないようにしなさい。」(ヤコブ1:14〜16)そのため、誘惑が迫る気配を感じたら、直ぐに主に助けを祈り求めるべきです(詩篇139:23〜24)。新年にあって、主に助けを求めることを誓いましょう。
第三に、「忍耐」することです。マラソン走者の前にある目標が決勝ラインだけであるように、信仰者が狙う唯一の目標は両手を開いて待っておられる主イエスの胸元です。転んでも起き上がって走り続ける忍耐です(ヘブル10:35〜36)。忍耐の報いは「よくやった。良い忠実なしもべだ。」(マタイ25:21,23)と言う天に迎えられたときに聞く主イエスからのおことばです。