- 基本に戻りましょう <教会便り 2008年1月号より> -
 「兄弟たちよ。主イエスにあって、お願いし、また勧告します。あなたがたはどのように歩んで神を喜ばすべきかを私たちから学んだように、また、事実いまあなたがたが歩んでいるように、ますますそのように歩んでください。」(第一テサロニケ4:1)
 

 2008年は日語部が遂に自分の場所に落ち着くことができる年です。現在、何月何日に入居できるかと言う確かな予測は立ちませんが、今年中に実現する見込みは立っております。建築計画の始まりから足掛け8年目にして、遂に入ることができるわけです。ちょうど渡り鳥が自分の巣に戻るように、今年こそ私たちも自分の場所に戻ります。

 自分の場所に落ち着く私たちにとって、信仰の基本に戻ることは大切なことです。かつてイスラエルが70年間のバビロン捕囚から自分の場所に戻ったとき、彼らは「喜びの叫びで満たされ」農耕に戻りました(詩篇126)。農耕こそが彼らの生活の基本でした。では、私たちにとっての基本に戻ることとは何でしょうか。それは、私たちが神に喜んでいただける態勢に在ることです。このクリスチャンの基本態勢は第一テサロニケ4章に具体的に説明されています。

 第一に、私たちが聖くなることを喜んでくださいます(3節)。パウロは罪の具体例を幾つか挙げていますが、これら以外にも私たちが聖められなければならない罪は多くあります。大切なことは、何が罪であるかを判断する基準が不変の聖書にあると言う点です。クリスチャン経験が短くても長くても自分を聖書の光に照らして罪であるかどうかを判断します。罪から離れることは神の御心ですから(ガラテヤ1:4)、それは神のお喜びになることです。

 第二に、私たちが互いを愛することを喜んでくださいます(9節)。主イエスが低くへりくだって私たちを愛してくださるように、私たちも低くへりくだらないと互いに愛することはできません。相手の欠点ばかりが目についているようでは低い姿勢とは言えません。神は「互いに人を自分よりすぐれた者と思いなさい」(ピリピ2:3)と言われます。優れた人物を愛するのは易しいことですから、本心でそう思えば、互いに愛することは難しくないはずです。

 第三に、私たちが落ち着いた生活をすることを喜んでくださいます(11節)。戦火の中で落ち着いた生活をすることはできません。第二次世界大戦中、空襲警報サイレンを聞きながら逃げ回っていた頃を思い出します。落ち着いた生活から程遠いものでした。ですから私たちは世界の指導者たちのためにも祈らなければなりません(1テモテ2:1〜2)。また、不法のはびこる社会の中では落ち着いた生活をすることはできません。警察による治安にも限界があります。私たちは市民として、「公義を行い、誠実を愛し、へりくだって神とともに歩」まなければなりません(ミカ6:8)。落ち着いた生活をし、神に喜んでいただくためです。

 そして最後に、私たちが互いに慰め合うことを喜んでくださいます(18節)。慰めを必要としている人は、気休めではなく真理を求めています。落下傘部隊の一人一人は自分のパラシュートは必ず開くという確信を持って飛び降ります。隊員同士はこの確信に基づいて互いに慰め合うことができます。私たちも主イエスが必ず私たちを迎えにきてくださるという確信(17節)に基づいて、互いに慰め合うことができます。

 「そんなことなら知っている。」と言う声があるかも知れません。当然のことですが、基本的なものはすでに知られていることです。使徒パウロも、これらのことは「何も書き送る必要が」ないほどである(4章9節)と断っています。耳新しいことではありませんでした。しかし大切な点は、すでに知っていることを私たちが実行するところにあるのです。2008年は基礎固めから始めようではありませんか。
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