- 約束を信じる人<教会便り 2004年7月号より> -
 ヨシュアは、神の約束を信じた人でした。水曜日の「祈り会」に於いて2月25日から始まったヨシュア記全体からの奨励メッセージが6月23日には終ります。この四ヶ月間第一章から順を追って、ヨシュアが約束の地を勝ち取るまでの記事の展開を見てきました。その中で繰り返し出てくることは、彼は神の約束が何であるかをよく知っており、またその約束を心から信じていた、と言うことです。

 ヨシュアは、冷淡と思われるほど情や涙を見せない人であったようです。その性格が彼の置かれた立場にふさわしく、ひたすら神にだけ頼って勝利から勝利へと民を導きました。優れた戦略家であったヨシュアは、夜を徹して敵の動きを監察し敗北や後退さえも次の勝利への踏み台と変えたのでした。確かに、ヨシュアの原動力(ダイナモ)は、神の約束をそのまま信じた信仰でした。

 では私たちクリスチャンは、どんな神の約束をいただいているのでしょうか。エペソ人への手紙は、旧約のヨシュア記に該当する新約の書であると言われています。ヨシュア記とエペソ人への手紙に共通する点は「神の約束」です。エペソ人への手紙を調べると私たちクリスチャンに与えられている神の約束が書いてあります。その幾つかを取り上げてみましょう。

 まず、「天にあるすべての霊的祝福」(エペソ1章3節)の約束があります。多くの約束はすでに実現しその祝福にあずかっていますが、これからいただく多くの祝福の約束は、私たちが地上を去るときまでのみならず、天の御国に挙げられてから後も続きます。

 第二に、私たちが「神の作品」として「良い行ない」をするために、神はその備えをして下さるとの約束があります(エペソ2章10節)。神は、私たちの霊的成長に於いて一つ一つの段階に最も適切な良い行ないを備えておられます。他のクリスチャンの良い行ないの真似をすることはありません。また、難しい状況の中で弱さを感じるときも、神はあなたのできる良い行ないを備えておられます。神の確かな約束ですから、歳を取って弱さのため何も「良い行ない」ができなくなった、とは決して言えないはずです。

 第三に、キリストの愛を知る経験が、時間と共に益々豊かになる約束があります(エペソ3章19節)。キリストを初めて信じたときにはヨハネ3章16節のことばが、心を満たします。それは、神の愛をキリストの十字架に見るからです。しかし、時と共にクリスチャン経験が深まるにつれて、神は苦しみの中にも神の愛が見えるようにしてくださいます(ピリピ1章29節)。さらに神は、殉教者を見放さず神の愛を注がれます(ステパノの場合、使徒7章60節)。

 ヨシュアが神の約束を信じ勝利から勝利に進んだように、私たちクリスチャンも天にあるすべての霊的祝福、神の備えられる良い行ない、そしてキリストの愛を知って深められる経験を信じて勝利から勝利へと進むことができます。
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