- いのちの目的第四は、奉仕<教会便り 2003年6月号より> -

 「その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』」(マタイ25:21)

 私たちは、神の喜びのために造られました。ですから私たちが神の喜ばれることをすれば、人生の目的は満たされます。神の喜ばれることをこれまで三つ取り上げましたが、それらは礼拝、交わり、そして訓練でした。今回は奉仕です。

 奉仕は人々に仕えることですが、実は、人々に仕えること自体が神に仕えることなのです。なぜ神は、私たちが奉仕をすると喜ばれるのでしょうか。それには三つの理由があります。第一に、キリストが仕える模範を示されたからです(マルコ10:45)。第二に、私たちは、消費するためではなく、奉仕をすることによって貢献するために新しく造られたからです(エペソ2:10)。そして第三に、私たちは、与えられた賜物を用いて仕えるように指導されているからです(1ペテロ4:10)。

 神の御子イエス・キリストは私たちがどのような心構えを持って人々に仕えるべきであるかを教えてくださいました。そしてその通りにすると、神は喜んで下さいますので、私たちはいのちの目的を満たすことになります。

 第一の心構えは、立ち止まる心です。すなわちできる限り自分を人々の手の届くところに置くことです。あまり速く動く人には、人々の訴えている必要が見えません。長血を患っていた女のために、急いでおられたイエス様でしたが、立ち止まられました(マルコ5:25)。立ち止まる心に反する態度は、自己中心的態度(箴言3:28)、完全主義の姿勢(伝道11:4)、物質主義の生む、まちがった優先順位(ルカ16:13)等です。

 第二の心構えは、感謝の心です。始めるまえから仕えることに感謝の心を持つことです。すなわち、愚痴をこぼしながら、いやいやながら始めないで、感謝の心で始めるのです。イエス様がラザロを復活なさった時、感謝の祈りでその業を始められました。「喜びをもって主に仕えよ。」(詩100:2)と聖書は勧めています。しかし、感謝の心をはばむ態度があります。例えば、比較したり批判したりする態度は感謝の心を打ち消してしまいます(ローマ14:4)。また、見せかけの奉仕は続きません。喜びや感謝のない奉仕はすぐ止めてしまうからです(マタイ6:1)。

 第三の心構えは、忠実な心です。神に仕えることは一生の課題であり、止めてしまうものではないのです。女預言者アンナ(ルカ2:36−38)は生涯神に仕えた人でした。パウロは任せられた真理(福音)を忠実に管理する奉仕を死ぬまで続けました。私たちは動揺しないで奉仕を続けるよう勧められています(1コリント15:58)。私たちの奉仕は、人には忘れられても、神には忘れられません(ヘブル6:10)。ですから私たちは、主からお誉めのことばを期待できる立場にあります(マタイ25:21)。

 「主人の喜びをともに喜んでくれ。」(マタイ25:21)奉仕をすることによっていのちの目的は果たされます。神が喜ばれるからです。
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