- 他の人を励ます (1)<教会便り 2006年6月号より> -
 先月は、「他の人との関わり」と言う題で他の人を受け入れる、他の人と和合わごうする、そして他の人と御霊の一致を保つの三つのことについて書きましたが、これらに続いて、今月は次の三つの点に集中したいと思います。

 まず私たちは、他の人を励ますことに知恵を用いましょう。他の人に対して批判的になり欠点ばかりが目に付いたり、また、自分をあわれに思い人からの同情を求めたりするのは、おちいやすい落とし穴です。そのような人に接しても、恐らく励まされることはないでしょう。他の人を励ますには真実と知恵が要ります。お世辞や気休めのことばには真実性が乏しいため、聞けば聞くほどがっかりします。何かの理由があって人は励まされるのですから、その理由を見付けなければなりません。ですから、よく考えて知恵を用いて励まします。励ますことはやさしいことではありません。例えば、伴侶はんりょをなくして気落ちしている人に、「今は悲しいけれど、やがて時(とき)が解決してくれますよ。」と言っても、今悲しんでいるその人は励まされないでしょう。しかし、「神からの慰めがあなたに届くよう祈っていますよ。」と言って実際に祈るなら、その人は励まされます。聖書に「ですから、あなたがたは、、、互いに励まし合い、、、なさい。」(第一テサロニケ5:11)とすすめてあります。

 次に他の人に対する親切があります。「お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。」(エペソ4:32)とあるように、優しい心や赦す心を親切にすることから切り離すことはできません。親切にすることは、優しい心・赦す心から生まれる行為です。それは低い心の姿勢です。水曜日の「祈り会」で開く聖書の箇所にダビデ王の親切を受けたサウル王の孫メフィボシェテが「このしもべが何者だというので、あなたは、この死んだ犬のような私をかえりみてくださるのですか。」(第二サムエル9:8)と言って、ダビデに礼を言っています。ダビデはサウルが自分を殺そうとしたことを赦し、優しい心でサウル王の孫メフィボシェテを扱い、彼が王の食卓で食事をすることを許しました。イエス様は罪人のレベルまで低くなってくださり、私たちに日々親切をほどこしておられます。その恩恵おんけいにあずかる私たちが、他の人に親切をするのは当然のように思われます。

 そして他の人に仕えることは、イエス様の足跡あしあとに従うことです。使徒ペテロの勧めのことばに互いに仕え合いなさいと言うのがありますが、彼は自分が教えられたキリストのことばを思い出したにちがいありません。「人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、あがないの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」(マルコ10:45) そしてペテロは、私たちが教会の中で神から与えられた賜物たまものを豊かに用いて互いに仕え合うよう勧めています(1ペテロ4:10)。
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