「この曲がった時代から救われなさい。」(使徒2:40)
「過ぎ越し」の祭りがイスラエルの建国行事であるように、五旬節(ペンテコステ)はキリスト教会誕生の祝日です。キリスト教の歴史ではすでに何回となく五旬節が祝われてきました。今年は、五月十九日が五旬節の日曜日に当たります。キリストのからだである「教会」の誕生を心から祝いたいと思います。
五旬節に於いて何を記念すべきなのでしょうか。その答えは、「使徒の働き」第二章に見ることができます。第一に、教会の誕生は新しい民の始まりです。教会はイスラエルの延長線上にある存在ではありません。全く新しい民なのです。科学は羊や猫のクローンを誕生させることに成功しました。しかし、教会はイスラエルのクローンではないのです。ユダヤ人の王として来られたイエス・キリストを拒み十字架処刑を命じた彼らは、神の御旨にかなわず、ひとまず神のご計画から外されました。と同時に教会が誕生し、教会の時代が始まりました。この教会時代は空中再臨(携挙)をもって終わりとなります。携挙と共にクリスチャンは全て天に引き上げられ、地上には一人も残りません。その後神様は再びイスラエルのご計画を取り上げ、それを続行されます。
第二に、教会は誕生の時から多国人が多国語をはなす人々の集まりです。五旬節の教会誕生に於いては弟子たちが多国のことばを話しました。後に教会の中でギリシャ語とヘブライ語が使われました。「ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。」(ガラテヤ3:28)これは、教会の中では全ての人が同等であり、言語や人種によって差別をしてはならないことを示しています。
私たちの教会は、日本語と英語が用いられている教会です。88年前、この教会が開拓された柴田先生の時代には日本語だけが用いられましたが、時代が変わって現在は、九対一の割合で英語を話す人々に囲まれています。
第三に、聖霊が信じる者の内に宿って下さいます。旧約聖書の時代には聖霊がいつも内住されないで、せっかく入って下さっても、その人から離れてしまわれたようです。強力サムソンの場合はそうでした。また、ダビデ王が姦淫と殺人の罪に陥ったとき「あなたの聖霊を、私から取り去らないでください。」(詩篇51:11)と言う祈りをしました。これは、聖霊が彼から離れられることを暗示しています。しかし五旬節では、キリストを信じた者に生涯いつも内住して下さる聖霊が与えられたのでした。
神は、人がまず信じることを強調しておられます。信じた者には聖霊が宿り、その人を内側から外側に向かって変え始められます。これとは対照的に旧約聖書の時代には、人の外側が整えられることに大きな強調点が置かれていたようです。そのような生き方を、使徒ペテロは「私たちの先祖も私たちも負いきれなかったくびき」(使徒15:10)と呼んでいます。人の外側をどんなに整えても内側には届きません。そのような努力は重荷になるばかりです。内住の聖霊が信じる者に自由を与え、内側から働いて外側を変えて下さいます。
教会が誕生した時代は「曲がった時代」(使徒2:40)でした。現在も曲がった時代です。これを正す力は人間にはありません。聖霊はまず使徒たちを変え、それから彼らを用いてローマ帝国を変えられました。現在聖霊は、まず私たちを変え、それから私たちを用いてこの曲がった時代を正そうとしておられます。それは、キリストを信じて救われることから始まります。