- ヨナのつぶやき <教会便り 2007年10月号より> -
 旧約聖書に出てくる預言者ヨナは面白い人物です。彼が余りにも面白いので、そのストーリーは子どもの日曜学校の教科としても取り入れられ、どの世代にも子どもたちに親しまれてきました。ヨナのストーリーにはいろいろな挿絵が描かれていますが、殆どの場合、ヨナはやせ型、頭はハゲています。

 現在、ユダヤ教でもヨム・キパー(今年は9月22日)の中心人物は預言者ヨナだそうです。祭りの主旨はいろいろあるそうですが、その一つに「神の博愛」があります。RBCミニストリーのマート・ディハーン師は、この点について次のようにまとめておられます。「神は万民を愛し、ヨナは自分しか愛さない。結果は神の勝利である。」

 ヨナ書を読むと、預言者ヨナは自分のことばかり考えている人であったことがわかります。彼は本当に自分しか愛さない人でした。乗っている船が台風に翻弄され、乗組員全員が必死の対応に駆けずり回っている時、彼は船底で昼寝をしておりました。そこにいれば自分は大丈夫だとでも思ったのでしょうか。神によって台風と大魚から救われたヨナは、自分が助けてもらったことを忘れてしまいました。しぶしぶとニネベの町(イスラエルの敵国)に行き、大嫌いなニネベの人々が主に滅ぼされることを心では願いながら、裏腹に悔改めの説教をしたところ、ニネベの民は悔改め、滅びを免れました。民が悔改めたので主は民を祝福されたのです。するとヨナは、神の御愛に対して腹を立てました。ヨナは自分しか愛せない人でした。このように、ヨム・キパーは神の博愛が自己中心的な姿勢を超えることを覚える祭だ、とマート・ディハーン師は説明しておられます。

 ヨナ書のストーリーには唐胡麻(とうごま)の話も出てきます。神の御愛に対して怒っていたヨナですが、この植物は日陰を作り、焼けつくような太陽と東風から彼を守りました。神がヨナを慰めてくださったのです。彼は喜びました。ところがこの唐胡麻は翌日枯れてヨナは日陰を失い、焼けつくような太陽と東風が彼を直撃したため衰弱し、「死んだほうがましだ」と言って主に死を願いました。お答えになった主はご自身が博愛の神であることを、自分のことしか考えられないヨナにお伝えになりました。

 台風、大魚、日射病等から救われたにも拘わらず、自分中心で感謝もなく愚痴と文句を並べ立てている時、主は悔改めたニネベの民を祝福されました。主が勝利されたのです。

 私たちも気をつけないとヨナの二の舞を演じてしまいます。日本からことばと文化の違うアメリカに渡って来た私たちは、全ての面で主に助けられ祝福された者ではないでしょうか。その祝福は数えることのできない程のものです。それにも拘わらず、もし私たちがヨナのようにつぶやくならば、これは大変なことです。

 と言うのは、主はご自分の博愛を私たちの周囲(コミュニティー)の人々に今も注ぎ続けておられるからです。

 私たちは現在、完成に漕ぎ着けようとしている教会堂を用いて広くコミュニティーの人々に手を差し伸べ、神の博愛を示そうとしています。そのため今月と来月にかけて第三ネヘミヤ建築献金キャンペーンが行われます。もう一度心を新たにして(ローマ12:2)、主の喜ばれるわざに励もうではありませんか。「ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。」(1コリント15:58)
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