- 種目別の忍耐訓練<教会便り 2004年9月号より> -
 「あなたがたが神のみこころを行なって、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。」(ヘブル人への手紙10章36節)


 上記の聖句は、忍耐には終わりがなくそれは生涯続く訓練であり、忍耐の訓練は信仰の訓練に伴うことなので訓練されている自覚を決して放棄してはならないと言う教えです。私たちは生涯を通していろいろな忍耐の訓練を受けます。日常生活に出てくる一般的な忍耐の訓練と言えば、待つ忍耐、勉強を続ける忍耐、スポーツや楽器の練習を続ける忍耐などがあります。ヤコブの手紙5章7節から12節までには、四つの忍耐の訓練が種目別に教えてあります。信仰者にとって自分の忍耐の訓練がどのように進展しているかを点検するのに役立つと思います。

 その第一は、農夫の忍耐です(ヤコブ5:7)。農夫の忍耐は、制することのできない状況の忍耐です。天候を制することはできません。私たちは、制することができないものでも、心配をします。「あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。」(マタイ6:27)

 第二は、御再臨の約束から学ぶ忍耐です(ヤコブ5:8〜9)。キリストの現れが約束通り実現されたように、キリストが再び来られることも約束通り実現されます。ですから御再臨の約束から学ぶことは、神のことばの真実性を信じて待つことです。ここに忍耐が鍛えられます。御再臨の約束のことばを信じて忍耐して待っている者は、主イエスがいつ来られても良い準備があります。参照、マタイ24:45〜51、1ヨハネ3:3。

 第三は、預言者の忍耐です(ヤコブ5:10)。預言者は、神のことばを人々に語るメッセンジャーです。預言者イザヤが経験したことは、人々が彼の語る神のことばを嫌ったことでした(イザヤ6:10)。福音を語り続けなさい、人の顔色を見てひるんではならない、と神は言われます。ここで忍耐が鍛えられます。

 そして第四は、ヨブの忍耐です(ヤコブ5:11節)。ヨブは人間として、神の前に最善を尽くし、神ご自身もヨブの信仰生活を高く評価しておられます:「彼のように潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっている者はひとりも地上にはいない」(ヨブ1:8)。ヨブはわからない理由ですべてを失い、神が沈黙を保たれたため、ヨブは忍耐をしなくてはなりませんでした。それは、神の沈黙に対する忍耐でした。これこそ、最高の忍耐ではないかと思います。「神様、どうしてですか」と言う問いに対して答えがありません。職場を失ってもなお家族を支えなくてはならないご主人、配偶者の蒸発、不条理な事故、愛する者が亡くなる、不治の病等が起こる時に必要なのは、ヨブの忍耐ではないでしょうか。神は、その最高レベルの忍耐を私たちの中に成熟させようとしておられます。
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