「主イエスに祈るリーダー (2)」
 <教会便り 2008年4月号より> - 西本 シリル師 -
※今月は西本シリル先生のメッセージの二回目を掲載しています。現在、先生は “IWA(岩)”を通して日本人を含むアジア系の人々の伝道に携わっていらっしゃいますが、その仕事に導かれたのも牧師であられたお父様の影響が大きかったと述懐しておられます。メッセージのタイトルにある「主イエスに祈るリーダー」とは?

 父は寡黙な人でした。それなので、父が口を開くとき、彼の言葉には重みがありました。彼の亡くなるおおよそ2年前、私は父に「どんな教訓を私たち子供に残そうと思いますか。」と尋ねたことがあります。すると彼はただ三言言っただけでした。“ Pray to Jesus(イエスに祈りなさい)”と。

 私の父はとにかく祈りの人でした。そして私は祈りというものが真のリーダーシップを発揮するための鍵であると信じています。この3つの力ある言葉すなわち “Pray to Jesus(イエスに祈りなさい)’は私にとって14年前の2月、まさしく現実となって働くことになったのです。

 私の父は心臓に出来た血栓が脳の血管につまり意識不明となってしまいました。私はニューヨークにいましたので、何も介護することが出来ませんでした。しかし父のためにイエス様に祈りました。そして、私の属している教会や、カリフォルニアにいる私の友人たちにもお祈りをお願いしたのでした。

 父は倒れた日から八日目に肺炎を併発しました。息をするのも苦しそうでした。医者は今夜一晩持つかどうかわからないといい、私たちに父をICUに入れて人工呼吸装置を装着し延命措置をするか、モルヒネを打ってそのまま死なせるかの選択を迫りました。そのとき父は私に思わぬ方法を持って勇気を与えてくれたのです。

 私があるものを探すために自分のファイルを見ていたときでした。私は父からの古い手紙を見つけたのです。父はこう書いていました。「私たちは春山牧師の奇跡的な回復のために祈らなければなりません。もし神の御心ならば彼はきっと癒されます。」

 1980年の事です。私がニューヨークにいたときに通っていた教会の牧師ジャスティン春山は肝臓がんのためまさに死のうとしており、回復の見込みはありませんでした。しかし父はとにかく彼の癒しのために祈る事を勧めました。もし私の父が、春山牧師のために祈ることを勧めなかったら、彼は不治の病のために死んでいた事でしょう。

 そこで私は、思い直して、ただ意識不明になっている父のために祈ることが出来ました。彼は私にイエス様に祈らねばならないのだという希望を与えてくれたのです。

 そしてイエス様は父を生きながらえさせてくださり、私は11日目に父に会う事が出来ました。私がその日の朝早くICUを訪れたとき、私はそこでどんな事が起こっているか予想だにできませんでした。父はそこで横になっていました。目は閉じており管が体中に付けられており、人工呼吸器の助けをかりて息をしていました。医者は私にしゃべりかける事を促しました。それで私は父のそばに寄り、父の手を握り「お父さん、シリルですよ。いまニューヨークから来たよ」と。

 父は動いたのです。そして、父が強く手を握り返したのがわかったのです。私は父に私が父のためにずっと祈り続けていたことを伝えました。そしてそれは父からもらった古い手紙の内容によって勇気付けられた事を父に感謝しました。そして私は神が父に与えられた日本人にキリストを伝えるという使命が、自分にも与えられた事を伝えました。父は更に強く私の手を握ったので、私の言った事がわかったのだと思いました。また私はイエス様が私を次に何をなすべきかを教えるために父のそばに連れてきてくださったのだということがわかりました。

 (続く)
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