「救われるまでの証し その2」 <教会便り 2003年12月号より>
- 森本みどり -
※10月19日信徒礼拝にて証しして下さった森本みどり姉のお証しが続きます。みどり姉は責任者として、また、建築委員として御奉仕くださっています・・・


 私達は、祈り、聖書を読み、天野先生のお話しを聴いているうちに、いずれ私達もこの世での旅を終えて、娘のいる場所に向かい、そこで、娘と再会し、再び共に今度は永遠に生き続けることになる、という確信を得ることができました。

 延命装置を外して2日後、娘は天の御国にいきました。この世での娘の命はたったの7日間でした。その日、御用でお留守だった天野先生の代わりにロン・松田先生がUCLAの病院に駆けつけてくださいました。

 担当医から今後の医療技術向上のために、娘の心臓手術をさせてもらいたいという依頼がありました。もう死んでしまった娘ですが、体に傷を付けたくないというのが私達の思いでしたが、松田先生と祈っているうちに、これは娘がこの世に生まれてきた使命ではないかと思わされました。

 担当医は生きていると思って、手術をさせていただきますといってくれました。死後硬直が始まるまでに体が柔らかいうちに手術をしなければなりません。「一刻を争う未熟児の心臓手術は、とても貴重な体験となりました。」と後で、担当医に感謝されました。その後、UCLAや東大で、乳幼児の心臓大動脈離脱結合手術に初めて成功したとのニュースを聞いて、あの時の医療チームかななどと思い、また、娘がお役に立てたことを嬉しく思い、神様に感謝しました。

 ところで、その手術の間、松田先生はずっと一緒にいてくださり、祈り続けてくださいました。天野先生といい、松田先生といい、なんと良い人たちなのだろうと思いました。それまでに会った宗教家と違い、こんなに親身になってまるで自分のことのように心配し祈ってくださるなんて、この先生方の信じているキリスト教についてもっと学びたいと思いました。

 それから、教会へ通うようになり、聖書クラス、夜の祈祷会と夫婦で通いました。そして私だけ、先に受洗しました。その後、同居するようになりました今は亡き主人の母と、私の母とが同時に、受洗いたしました。子供達4人も全員受洗し、英語部の方に集っております。また、主人の兄が日本の京都の医療老人ボームにおりますが、隣が教会で、そこの青年達が迎えにきてくれて、車椅子で礼拝に出席するようになり、主を受け入れました。義母がガーデナの教会で救われた事を感謝し、主人にも時々御言葉を手紙に書いて送ってくれております。

 今日は大谷至美姉妹のお父様の洗礼式ですが、姉妹とお母様は実に35年間もお父様の救いのために祈られてきたと伺い、私も勇気付けられました。これからも、家族のために祈っていきたいと思います。(終わり)
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