「一番感謝していること」(1)
 <教会便り 2008年12月号より> - 藤本 三奈子 -
※ 今年も11月23日に「感謝祭」を記念する催しがアメリカ各地で催され、また各ご家庭でも家族や近しい方々との再会や食事を楽しまれた方も多いでしょう。教会でも感謝祭礼拝が持たれましたが、11月9日の信徒礼拝において藤本三奈子姉が「なによりも神様に感謝していること」について証ししてくださいました。そのお証しを3回に渡ってご紹介します。

 詩篇75篇1節に、「私たちはあなたに感謝します。神よ。私たちは感謝します。御名は近くにあり・・」とありますが、ダビデは神が近くにおられることに対する感謝を表しました。

 私も感謝する多くの理由がありますが、その中で一つだけ選んでいいと言われたら、「日本人であるのに、救われた」ことを第一に選ぶでしょう。

 これまで、およそドア・プライズや景品に当たったことがない私が、主に選ばれたのです。私にとっては不思議でしょうがありません。

 この夏3週間近く、日本の実家に滞在してきました。私は名古屋市熱田区というところで生まれ育ち、今も両親が暮らしています。滞在中日曜日には実家からほど近い教会へ通い、礼拝を守らせていただきましたが、インターネットで調べてみると、その教会は区内唯一の福音派教会で、あとはカトリック系の教会が二つあるだけでした。

 礼拝は80名ぐらいの方が出席されていましたが、私の地元であるのに誰一人として顔なじみはいませんでした。熱田区には6万4千人も住んでいるのに、福音派の教会は一つで、教会員は80人ほどです。この数字からも、日本人でありながら救われたことは本当に奇蹟に近いとしか私には思われません。

 神の恵みとあわれみによって、私がどのように救われたのか、そして、その救いによって主から頂いた恵みについて証しさせていただきます。

 私は大学卒業後、渡米しました。きっかけとなったのは教員採用試験に3年続けて落ちた事でした。それは就職をしないで、毎日勉強して望んでいた試験だったので、スッパリあきらめがつき、「ああ、もう私は日本でやりたいことがない」と思い、いとこがロサンゼルスに住んでいたこともあり、前から憧れていたアメリカに六ヶ月ぐらい滞在するつもりでやってきました。六ヶ月もすれば、英語が話せるようになり、日本で就職するにも便利だろうと軽く考えて来ましたが、現実はそう甘くありませんでした。それでもアメリカでの生活は楽しく、次に日本に帰国したのは六年後になってしまいました。

 しかし、主が全てを導いてくださっていた事が今、振り返ってみるとよくわかります。私が「アメリカに滞在してイエス様を信じるようになる」というのが主のご計画だったのでしょう。ビザの更新からグリーンカードの取得、仕事など全て主が備え、守り、導いて下さっていたのです。

 アメリカでの生活が8年ほど過ぎた頃、アメリカで一人で生活していくことに疲れを感じ、目標を失ったこともあって、もうそろそろ日本へ帰ろうかなと思い始めていた頃、主人に出会いました。三回目くらいのデートの時に、「僕はクリスチャンの女性としか結婚しないから。」と宣言されました。その当時、私はキリスト教については高校の倫理社会の授業で習ったぐらいで聖書も読んだこともなく、ほとんど何も知りませんでしたので、私は彼に「それじゃ、キリスト教がどんな宗教で、何を信じているのか、キリスト教について知るために教会へ行ってみる。そして、私がクリスチャンになるかどうかを決める。」と言いました。彼もそれでは、ということで一緒に日本人教会へ行き始めました。

 それからイエス様を救い主と告白し、信仰を持つまでに2年ほどかかりました。私が主を受け入れることの大きな障害になったことは、「私を造り、愛してくださる神がいる」ということでした。日本で生まれ育ちましたから、日常の生活の中に神の存在はありました。初詣でに行き、苦しい時の神頼みではありませんが、人生の節目には神社に詣で、家にも1カ月に一度お寺から尼さんがいらしてお経をあげていました。本当に信じていたのでしょうか。気休めだったように思います。

 (続く)
- 最近掲載した証し -

※それぞれの項目名をクリックしていただくと、そのメッセージに関するページに移動します。

次回掲載分 一番感謝していること(2) 2009年2月号
前回掲載分 主イエスに祈るリーダー(最終回) 2008年10月号

※このページ下「証し集目次へ」をクリックしていただくと、目次ページに移動します。

トップページへ戻る 教会のご紹介 証し集目次へ 初めて教会へこられる方へ