「昼となく夜となく主の愛に守られて」その1 <教会便り 2003年2月号より>
- 井出結貴 -
※今回から二回にわたり、井出結貴姉のお証しをお届けします。結貴姉は1996年からご一緒に礼拝を守ってこられ、現在、ご主人の世浩兄(男子朝食会リーダー)、長男の尚宏君、長女の有咲ちゃんと共に当教会のメンバーとしてサンデースクール教師のご奉仕を担当中です。結貴姉はデザイナーとしての素晴らしい賜物もお持ちです。このホームページのロゴ(トップページ等に掲載中)にもなっている「ぶどうの木」は、"Jesus(ジーザス)"と"Japanese(日本語部)"の文字を組み合わせて結貴姉が製作して下さいました・・・
私は生まれた時から教会につながる祝福にあずかってきましたが、その歩みはまさに"のろまなカメ"そのものです。主の前にも、皆さまの前にも恥ずかしいものですが、こんな信仰の歩みの遅い私をも、主は祝福してくださるという主の「忍耐強さ」を伝えることになればと、ささやかな私の歩みをお証しさせていただきます。 私の信仰のルーツは、父方の祖母にさかのぼることになります。祖母はまさに炎のような信仰の持ち主でした。特に晩年は伝道活動も著しく、家庭集会を開き、夜明け前2時に起き出しては空が白むまで、肉親に始まり、信徒の方々、その他多くの方々や一人一人の為に、涙をもって祈ることが日課でした。この祖母の祈りと、やはりクリスチャンであった両親の祈りの中に自分はある、という実感が、どれほど私の心を守ってくださったことでしょう。めったにない祝福を、当然のことのように受けていました。 思春期に入ると、私は今まで自分に与えられ続けてきたこの価値観をいったん崩し、自分の手で再構築してみたい衝動にかられました。小学校3年生の時にサンデースクールに躓(つまず)いでしまい、以後ずっと両親と共に大人の礼拝に出席していた私が、次々に浮かぶ疑問を投げかける相手は父でした。父は実に私が尋ねること一に対して十、いや百といっても過言ではない程の熱心さでみ言葉をもって、また自分の霊的体験をもって語ってくれました。結局、かつて哲学を専攻した父が、あらゆる角度から考察したのち、体験によって語るに至った「生ける神の御子主イエス・キリスト、この方の他に真理はない!!」という確信に満ちた言葉によって、私もクリスチャンになろうという気持ちにさせられていったのです。東京の大学に一人で上京したことが受洗のきっかけとなりました。(他派だった為、正確に言うと幼児洗礼の後の"信仰告白"をしたことになります。)日曜の朝、決まったように「さあ結貴ちゃん、教会に行くよ。」の声が掛けられなくても、自分は生涯教会に通うんだ、という決心を表す告白でした。 今から思うと聖書の理解も不十分で、自分の十字架を負ってキリストに従うということもピンとこないままの受洗でした。ですから東京でそのまま就職し、世間の荒波にもまれ始めると、ただでさえ田舎者の私は、もろくもノックアウトされてしまったのです。み言葉に親しむことなく、ただ日課としての小さな祈りをしていたくらいの信仰では耐えられませんでした。「疲れた…。眠りたい…。」がいつも先行し、簡単に教会に通う回数が減っていきました。その代わり、この世的な方法でストレス発散を試み、聖書に禁じられた大きな過ちも犯してしまいました。どこかで持っていた愚かなプライドは崩れ去り、劣等感に苛(さいな)まされ、男性不信にも陥りました。しかしクリスチャンの名を汚すようなこんな私でも、主は手放さないでいてくださいました。(次号につづく) |
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