「救いの体験 その1」 <教会便り 2004年2月号より>
- 井谷和美 -
※今月から二回続けて井谷和美姉のお証しを掲載いたします。昨年9月、日語部の会員となられた井谷姉はご主人のダン兄と共に英語部にも出席なさり、お二人で主の御奉仕に励んでおられます。また、日語部、英語部コワイヤのメンバーとしてご活躍中です・・・


 私が初めてイエス様のことを聞いたのは短大2年の時、当時こちらに留学していたお友達を訪問して3週間滞在した時でした。彼女の計らいでウエストコビナに住むある宣教師ご夫妻のおうちに泊めてもらうことになりました。このご夫妻は35年間の南米での伝道活動を終えリタイアされたばかりとのことでした。そのご夫妻に初めて教会へ連れて行ってもらったのです。

 教会は私がそれまでイメージしていた静かで厳かな雰囲気とは違い、みんな笑顔で楽しい音楽に合わせて歌っていました。滞在中いろいろな人が初対面の、英語が分からない私に親切にしてくれました。3週間はあっという間に過ぎ、私は日本に帰国しました。帰国後、このご夫妻は手紙や小冊子などを送ってくれるようになりました。そこには聖書やイエス様のことが書いてありました。無神論者だった私でしたが、せっかくアメリカから送ってもらったので目を通すようになってはいたものの、その頃は、自分の人生は自分の能力とか努力で切り開くものと思っていました。

 私は卒業し地元の銀行に就職しましたが、いろいろとつらいことが多く1年もしない内に辞めたくなり、日に日に学生の時に行ったアメリカにまた行きたいと思うようになりました。両親に銀行を辞めてアメリカに留学したいと告げましたが即反対されました。特に母親には大反対されましたが、アメリカに行きたいという思いを抑えることができませんでした。3年かかってお金を貯め、銀行を辞めた私は当初あのご夫妻が住むロスに留学先を探しましたが資金の関係で、アラバマ州にある大学付属の英語学校に2年の予定で行くことにしました。そしてアラバマ州へ直行する前に3年半もの間手紙を書き続けてくれたあのご夫妻に一目会ってお礼を言ってから行くことにし、また2週間ほど滞在させてもらう事になりました。

 私は3年間夢に見たアメリカにまた戻ってきました。3年半前に会った人たちにも再会でき、初めの数日は楽しいことばかりでした。ただ私がもうすぐアラバマ州へ行くことになっていますと告げると人々は南部の人種差別の歴史から治安の心配をしてくれ、アメリカはどこも同じようなもの位に考えていた当時の私は、少しづつ不安になっていきました。あと数日でなじみのあるロスを発って全然知る人のいない所に行くのかと思うとしだいに心細くなっていきました。

 その間ご夫妻は私を教会に連れて行ってくれました。英語の聞き取りがあまりできない私のためにご夫妻の知人がオレンジカウンティーから訪れ日本人フェローシップに連れて行ってくれました。そこでジョン長谷川さんと奥様に会いました。長谷川さんにイエス様を受け入れませんかと聞かれた頃には、クリスチャンになってもいいかなあと思い始めていましたが、「私はこれまで会ってきた信者の人達とは違ってすごく自己中心的で、聖書もまだ十分に理解できていないのでまだ早いと思います」というような返事をしました。そんな私に長谷川さんは「ただイエス様を救い主と心で信じて受け取るだけでいいのですよ」と言われ、イエス様を救い主として受け入れる決心をしました。(次号につづく
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