「なにを神さまに感謝するか (1)」 <教会便り 2005年2月号より>
- 阿部 麗 -
※昨年6月にご主人の明一兄と当教会の会員となられ毎週、信くん、真理ちゃん、愛ちゃんの三人のお子さんたちをサンデースクールにお連れくださっています。現在みつばさの会のスタッフとして若いお母さんたちに集会参加を働きかけておられます。今回からのお証しは去る11月の感謝祭礼拝で証ししてくださったものです。


 「あなたは神様に何を一番感謝していますか?」と聞かれた時に、私は迷い無く「私をクリスチャンホームに生まれさせて下さった事です。」と答えます。クリスチャンの数のとても少ない日本で、大人になるまでにキリスト教と出会う確率は、そんなに多い事だとは思わないからです。教会にいらしている皆さんも、本当に奇遇な出会いから教会にいらっしゃる様になった、という方が多いのではないでしょうか?もしそうだとしたら、クリスチャンホームに生まれた事は、一番の恵みだと思っています。

 そして、私の父は牧師をしていました。ですから本当に神様と出会うための戸口の前に、生まれさせて頂いた様なものなのだと思っています。もちろん、クリスチャンホームの子や、牧師の子が必ず救われるわけではない という事も知っています。私の尊敬するある牧師先生は、お坊さんの息子としてお生まれになりました。その先生がキリスト教と出会い、救いへと導かれ、家族の反対を押し切って洗礼をお受けになるまでの道のりに比べれば、私は何と簡単に神様に出会えたのかと、感謝なのです。

 そんな風に恵まれた環境で、二人の兄と一人の弟の間で育ったのですが、そんな私でも僅かながら"迫害の子供版"というものを経験することになりました。私が生まれたのは広島だったのですが、小学校2年生になる時、父が茨城で牧師をする事になり引っ越しました。広島から茨城への引っ越しは、外国ではないので日本語は通じますが、色々な方言が分からなかったり、地域の習慣や人間性の違いに悩み、そして家が"教会"という事でいじめられました。元々静かな子供だったのですが、いじめられるのが怖くて、 あまり目立たない様に更に気をつけるようになりました。

 子供の頃の私の一番の願いは、"幼なじみが欲しい"という事でした。みんな"何処の幼稚園出身"という風にグループに分かれていて、一人だけのけ者にされているのがひどく寂しかったのです。自分だけ違う所から来て違う宗教という事でのけ者になっている。そんな時に聞く流行の歌の、"幼なじみ"という言葉の何と辛かったこと。幼なじみを題材にした本を、何れだけ羨ましい思いで読んだ事でしょうか。

 そんな私が中学生になったある日の事。教室で数人が話をしていたのを側で聞いていると、お坊さんの息子の友達が、「坊主だって酒は飲むし、人の悪口言うし、別に立派じゃネェよなぁ。なぁ、松山(私の旧姓です)、お前んとこのおやじだってそうだろ。牧師だって同じだよな。」と、急に言われて返事に困りました。「うん…、多分嘘つかないし、お酒も飲んでないよ…。」と答えると、「お前が知らないだけで、隠れてやってんだよ。」と笑うのです。       

 それから私は親を見る目が変わりました。"教会で語っている事と違う事をしてはいないか。夜こっそりお酒を飲んでいないか。"等、細心の注意を払って親を観察したのです。けれども、それらの思いは直ぐに全て取り払われました。両親は誰の悪口も言わず、子供にも嘘はつかず、とても真実に生きているのです。24時間一緒にいる家族が分からないのだから、絶対うちの両親は大丈夫だと思いました。(つづく)。
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