「私とピアノと神様(ガーデナコンサートでの証し) その2」
 <教会便り 2007年2月号より> - 水野 広子 -
※ピアニストとして現在、サンノゼの地を拠点として数々の演奏活動に励んでおられる水野広子姉ですが、クリスチャンになる前となってからの演奏はどう変化したのでしょうか。お証しを続けましょう。

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 渡航のための引越しが1ヶ月半先に迫って、1歳と4才の子供を抱えながら、主人はすでにサンノゼに赴任していたので、私一人で引越しの準備に走り回っていました。そんな中で、娘の幼稚園のクラスで、お別れ会をしてくれることになりました。ところが何とそこで、私に何かピアノを弾いてください、というリクエストがあったのです。私は内心腹を立てました。こんな忙しい日々の中で、いつピアノを弾く時間があるというのでしょうか。弾くからにはちゃんと弾きたいというプライドもありました。それで私は、初めて自分のピアノのことで神様に祈りました。祈るということを知り始めた頃でしたが、すべての思いを神様に打ち明け、どうしたらいいか、ピアノの前で神様に相談しました。しばらくこうべを垂れて祈っていると、神様は私の心に答えを下さいました。それは、今まで経験したことのない不思議な感覚でした。神様からのメッセージは、真っ暗な私の心の中に射してきた一筋の細い光のようでした。そして、次第にその光が心一杯に広がり、光で心が満たされ溢れてきました。

 「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43章4節)神様は、この私の指で弾くことを喜ばれていらっしゃるのだと思うと荷がすっと降り、平安に満たされてきました。

 そんな気持ちに溢れ、送別会でピアノを弾くことを承諾しました。

 それから、私はそのための練習に取り掛かりました不思議なことに、練習の前に祈りピアノに向かうと、となりにイエスさまが来てくださり、一緒に練習して下さっているのがイメージできるのです。そして、神様の憐れみによるサポート、パワーを指に感じるのです。それは、動きにくい指先が、なぜか指自身の意志を持って動いているような感覚でした。イエスさまの奇跡を私の上にも現してくださっているようでした。私はそのお別れ会での演奏を無事に終え、イエス・キリストの私たちの救いのための十字架と復活を受け入れ、私を造って下さった神様により頼んでいくことを決心しました。

 「彼らが苦しむときには、いつも主と苦しみ、ご自身の使いが彼らを救った。その愛とあわれみによって主は彼らを贖い、昔からずっと、彼らを背負い、抱いてこられた。」(イザヤ書63章9節)。

 今まで、いろんな場面で、常に守られてきたことが、この御言葉によって理解できました。すべて。私がピアノを引きつづける様にと、神様がご計画してくださったのだということを知り、心から神様に感謝しました。私が神様の愛を知るずっとずっと前から、神様は私を守り導いてくださったのです。私にハンディがあることを指摘され私にトラウマを与えた先生を、ときには恨んだりすることもありましたが、この先生と出会えなければ自分ひとりでこのハンディと戦い悩んだ末、ピアノを止めていたかもしれなかったことに気付かされました。実はこの先生との出会いも、神様が私に与えてくださったピアノを引き続けていくためのご計画のひとつだったのです。

 これからも、指のことだけでなく、私の心の中の思い煩いをすべて知っていて下さる創造主である神さまから平安をいただき、少しでも神に喜ばれるものとして歩ませていただきたいと思います。(終り)
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