「日系七の証し」(1)
<教会便り 2009年7月号より> - ジーニー・ムーン -
※今月はジーニー・ムーン姉に「日系七」の1年半の歩みについて分かち合っていただきました。日米両文化を持つ中高生、青年たちとの交わりを通してどんなチャレンジや励ましを神様から受けたのでしょうか。ジーニー姉は7月後半から日本に行かれ、滋賀県で英語教師として新しい生活を始められますが、この「日系七」でのリーダーとしての経験がきっと生かされることでしょう。主のお守りをお祈りします!
日系七は英語と日本語、バイリンガルの学生たちのために月に二回、食事と交わり、お祈りを分かち合うグループです。「日系七」という名前は、メンバーが日本との関係を持ち、七人のメンバーで始まったことから名づけました。それに「七」の数字は聖書の中には「完全」という意味もあります。そして「七」はメンバーの人数を現す数字だけではなくて、私たちは日本とアメリカの二つの文化の複雑さの中にあるバイリンガルであっても、神様の目には完璧だと、祝福されているという意味です。 私は韓国系アメリカ人ですが、一年間日本に宣教のお手伝いに行ってきました。アメリカに帰る時に祈っていた事の一つは、「どうやって日本人のために続けて仕えるのか」でした。私はサウス・ベイに住んで、学校はUCLAで、日本人の留学生かホームステイの子供たちを助けられるだろうと思っていました。2007年の8月にアメリカに戻って来ました。その前は日語部の礼拝に出ることは一回もなかったです。でもアメリカに帰った後に、英語部のほうのメッセージが私には合わない感じになって、日語部に行ってみました。大谷先生のメッセージを聞きながら落ち着きました。その時はなぜかよく分からなかったのですが、今は神の言葉を日本語で聞くことで、続けて日本の救いのためのお祈りと働きのチャレンジを与えるために神様が私を日語部のほうに導いてくださったと思います。 ある日礼拝の後に上村則子さんが私に祈りの課題をシェアーしました。上村さんはバイリンガルによる学生たちのユース・グループができるようにずっと祈っていました。私はそれを聞いたときに、神様が上村さんのお祈りと私の祈りに答えてくださったと思いました。その時までは、私は教会以外の日本人に仕えることだけを考えていましたが、神様が示してくださったのは、私が教会の中の日本人に仕えることでした。神様が上村さんと私の祈りに答えてくださったとはいっても、私はとても緊張しました。私は日本人ではないし、日本語が上手でもないし、日本人の学生たちのユース・グループを一人でリードするのは無理だと思いました。それに、日系七は男の子も女の子もいて、11歳の子もいれば、22歳の子もいるし、私自身もまだ成長できてない学生の一人で、ちゃんとリードすることはできないと思いました。でも神様が日系七の学生のご両親たちを通してたくさんのサポートと励ましをくださいました。いつも食事を準備してくださり、祈ってくださり、音楽を通して日語部と英語部にも仕えるチャンスもくださり、私一人ではなくて神様と日系七のお母さんたちと一緒にリードしていると思っています。 (次号に続く) |
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