※先月に続き、井出結貴姉のお証しをお届けします。クリスチャン・ファミリーの中でいつも祈りに支えられたすばらしい環境で成長された井出姉にも試練の時があったそうです。どのようにその試練を乗り越えられたのでしょう・・・
ある時、前向きに気分転換を図ろうと、下宿生活の後続いていた5年間の姉との二人暮しに終止符を打ち、一人暮らしを決めました。新居は両親を安心させる為、教会から徒歩2分の所を選びました。さすがに遅れても毎週教会に通う生活が戻り、本棚に飾られたままになっていた父から送られていたキリスト教の書籍にも手が伸びるようになりました。やっと得た一人の空間が、思う存分祈る時間を与えてくれました。疲れる生活は変わらなかったけれど、ここに来てやっと神様を身近に感じられるようになったのです。自分の為にイエス様が死なれたことが、頭ではなく、心で感じられるようになったのもこの頃からでした。
そんな時クリスチャンの主人との出会いが与えられ、予想もしなかったアメリカでの生活が結婚と同時にスタートすることになります。間もなく子どもを授かり、今度はどんどん成長する我が子に対して「何よりも信仰だけは持って欲しい。」と願うようになりました。しかしそう思う時、脳裏にかの日の父の姿が浮かぶのです。「私はこの子が青年になった時、多くの疑問にああして答えることができるだろうか・・・。」答えはもちろん否。私は自分の信仰が、今だ湯水に浸かったような、主が口から吐き出したくなるようなものであることを自覚していました。「このままではいけない・・・。もちろん神様は私以外の方も通じてこの子を導いて下さるだろう。でも何より今のままの私では、この子の前に大きな躓きの石となってしまう・・・。」そう思っていた頃、神山晴子前牧師夫人より、サンデースクール教師のお誘いがありました。日語部サンデースクールに対する認識も全くないままに、前に出されたものは神様から出されたものとして引き受けさせていただきました。それ以来、子供達と共に聖書を学び直し、子育てを通じて神様の語っておられることが、より実感として解るようになりました。これもひとえに信仰の浅い私を温かく見守ってくださったサンデースクールの先生方、み言葉を取り次いでくださった牧師先生方、歴代の兄弟姉妹、両親の祈り、また主人の支えによるものと感謝しています。
このように回りに置いて辛抱強く導きつづけてくださった(そしてこれからも導いてくださる!)主なる神様を賛美する者とされました。
最後になりましたが、私の名前は「結貴」と書いて「ゆき」と読みます。まだ私が母の胎内にいた頃、父が新潟に出張していて、降る"雪"を見て考えついたと聞きました。貴き方(イエス様)に結ばれて、貴き実を結ぶように・・・との願いが込められています。この世の務めを終えるまでに、この名前にふさわしい者になりたいと願っています。(完)