「なにを神さまに感謝するか (2)」 <教会便り 2005年3月号より>
- 阿部 麗 -
※「クリスチャン・ホームに生まれさせてくださったことを神様に一番感謝しています」と感謝の毎日を過ごしておられる阿部姉。姉妹が中学生だったある時、級友の「坊主も牧師も一緒だよ」との一言でご両親を「観察」するようになったとのこと。けれども主に真実に生きておられるご両親のどこにも不正を見つけられなかった時、ご両親に対する信頼を取り戻されました。
そうすると次ぎに来る悩みは「本当にこれが正しい宗教なのだろうか。」ということです。その頃の両親に一日のお休みもなく、家族の休みは夏のバイブルキャンプだけ。暴力団の親分に怒鳴り込まれたり、夜中に電話がかかって来て飛び出す事しょっちゅう。いつでもネクタイをして、時計をはめ、何にでもすぐ対応出来る様に準備して、神様のために働いていた父と、それを支える母。これがもし、死んでみたら違っていた。地獄に落とされ、「お前の信じてたのは違ってたんだ。」とサタンにあざけられたらどうしよう、と本当に真剣に悩みました。 「これは私が真実を突き止めてあげなければならない。もし間違っていたら、私が親を説得しなくちゃいけない。親が牧師だからキリスト教を選ぶのは、絶対に間違ってる。」と使命感に燃えたのです。さぁ、それから必死に真実探しが始まりました。…と言っても中学生。そんなにたいした事は出来ませんでしたが、でも家族の命がかかっているので私は真剣でした。 まず市内にある有名なお寺に行き、書いてあるものを読んで回りました。修学旅行が京都・奈良だったので、誰よりも真面目にお坊さん、神主さん達の話を聞きました。(まだどの宗教が正しいか分からなかったので、お話を聞く時足を崩して"正座はしない"という抵抗をこっそりしながらではありましたが。) 色々なパンフレットを意欲的に貰って歩き、読み比べると、"父や母を敬え"、"盗んではならない"、"嘘をついてはならない"、"人を殺してはならない"等、聖書に書いてある道徳的な教えは何れにもあって同じでした。けれども聖書にある『私が世界を作った』『私があなたがたの神である』という様な言葉はありませんでした。 そうなると次は、学校で教えている進化論が正しいか、『私が創った』という神の言葉が正しいか。そして『世界を創った』という神は本当に存在するのか、という所に問題は移ったわけです。 そんな悩みを抱えて参加したバイブルキャンプで、私ははっきりと神様に出会いました。私は今まで真面目に割合良い子で生きて来たつもりでしたが、そんなレベルの話ではなく、私も罪人である事を知らされ、沢山の涙を 流して悔い改めました。"この世界を創った神様は本当にいるのだ。私を愛して下さっているのだ。両親は間違っていなかったのだ"と分かり、本当に嬉しい時でした。 "自分が弱いから神にすがる"とか、"道徳的に立派だからクリスチャンになりたい"というのではなく、私は科学的にも、物理的にも何処から探求して行っても証明出来る神を見つけたかったのです。そして見つけました。 (つづく) |
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