「救いの証し その1」 <教会便り 2004年11月号より>
- 尾関 康仁 -
※インターネットで私どもの教会を探され、2003年8月末にはじめて教会を訪ねられた尾関兄はほぼ一年間かかさずに聖日礼拝を守られました。10月31日洗礼を受けられた尾関兄が心から求めていたものは・・・
”何故クリスチャンになる必要があるのか理解に苦しむと言って私の洗礼に反対する両親に私は何度もメールを出しました。以下は洗礼を受ける数ヶ月前のある日、私が両親に宛てたメールです。浮かんでは消える儚(はかな)い幸福を追い続け、たどり着いた先にあった空虚を体験し、自分が求めていた心の安住と精神的強さは何であったかを発見するまでの過程を両親に伝えました。文中の高ぶった自分の態度は大変聞き苦しく、神への冒涜(ぼうとく)と取られる部分もあるかと思いますが、これが神をまだ畏れていなかった過去の自分の姿でした。・・・ 『というのも文の中で「救われたくて今の信仰をはじめようとしている」と書いてあった。平たく言うと救われたい→受け身的→外部からの助けを待っているというように感じられます。dormitoryにいたときのやっさんは常に能動的な「自分から前に進む」「進まざるは退転」という感じを受けていました。今でもそうだよ、と言いたそうですが、ただこのメールからはそう感じられるかな???』 友人からもらった上記メールの指摘を受け暫(しばら)く自分で考えていました。ちょうど昔自分が「クリスチャンなんで甘っちょろい、弱い人間が逃げ込むところだ」と思っていたことを思い出します。僕はここでこの友人に言った「救われた人生」について書こうと思います。 昔から、自分は成功思考でした。人よりお金が欲しかったし、モテたかったし、経済的にいい生活を望みました。中学生くらいから社会のレールに乗ろうと思いました。いい大学、いい会社を目指して猛勉強しました。22歳の時に空手と師範に出会い、自分に厳しく人に優しくなるよう教わりました。「自分に厳しく」という教えは、僕は好んで受け入れました。空手を続けていくうちに自分に鞭打って弱い自分に打ち勝つ快感を覚えました。それで自分を超えることが出来ることに嬉しさを覚えました。根性モノは昔から大好きでした。勉強も仕事も出来て、空手で根性も備わった人間になる目標も出来ました。そのうち強い人間ほど人に優しいという事実を知りました。空手の師範、大学の恩師からも「人の傷みのわかる人間になれ」という教えにはうなずきました。自分に厳しく過酷な稽古に耐えた人間ほど、人の傷みの判る優しい人間であることを悟りました。 巷(ちまた)の口先だけの人間とは違い、自分は有言実行の人間だと自分に証明したくてたまりませんでした。資格試験、空手の黒帯の取得、4度のマラソンもそれを自分に証明するため挑戦しました。外っ面だけの人間と自分は違うことをとにかく証明したかったし誇りたいと思いました。一度始めたことは結果を出すまで途中で諦(あきら)めたことは自分の人生のなかで何一つないことを誇りました。自信もつきました。 高校卒業と同じに二人のもとを離れ、一人でなんでもやってきたつもりでした。いつも目標を立ててそれに向かって努力を積み重ねる生活をしてきたつもりですが、大概の目的とか困難は、猛勉強や猛特訓で、遊びを我慢して睡眠時間を削ればなんとか手に入ると思っていました。しかしいつからか目標を達成しても何故か自分の心の中には空虚を感じ始めました。自分は何を究極的に求めているのか分からなく不安になることもありました。 大学とか、会社とか、資格とか、美人の彼女とか、形だけ手に入れても自分の心に返ってくるものじゃないと結局駄目だと20代後半で段々わかってきました。貪欲に自分の目指すものを求めた自分の過去を否定するつもりはありません。しかし名前や形だけを追い求めていた部分は大いに虚しいものです。漠然とした不安感から逃げ出すためにした的を外した努力は沢山あります。結果的に形だけ手に入れても自分の心は満たされませんでした。この失敗から学んだことは形なんかより心で感じることだけが自分を納得させ、幸せになれるものだということでした。そのときやっと富とか名声は一番大切なものではないと思い始めました。そのころから家族と友人がいかに自分に安らぎを与えてくれるものだということを知りました。僕は心の安住を求めました。(次号につづく) |